No.39   特別編:まちづくラーインタビュー
しみんていのコーディネーター・・・川島さん


 

川島 典之(かわしま のりゆき)さん

犬山のNPO活動を仕掛けるまちづくラー
「しみんていの会」の専務理事さん

今までの様々な知識・人脈を活かし、
犬山の市民活動・NPO活動を支えるコーディネーター。


川島さんは一見、コ難しそうですが、
市民活動に対するめちゃめちゃ熱い想いをもち、
それをカタチにするための様々な努力をされています。


公務員だからこそ、
ボランティアを
しなきゃいけない。

そう思ってから、
20数年続けてきた。

 春日井市に生まれ、思春期はいろんなところを転々としましたが、結婚してから犬山に住んでいます。里山があり、川があり、田んぼがあり・・・こんな自然に恵まれたところはないと思っています。昭和37年に愛知県庁に入庁。子どもは男ばっかり3人います(笑)。
 長男が小学校3年になったとき、子どもがボーイスカウトに入れてもらったとたん、仕事で青少年行政をやっていたこともあって、ボーイスカウト犬山第4団の事務局長になりました。それ以来23年、事務局長をやりました。
 行政マンは、民間よりも仕事がうんと楽だと思ってます。せめて、公務員はボランティアくらいやりなさいよという意識もあった。でも、行政の中でそういうことすると横目で見られることも多くて・・・名前を伏せて活動してる人も多かった。でも私はどうどうと肩書きを出してたけどね(笑)。
 ボーイスカウトでつきあってみて、民間の人たちがどれだけ大変かがよくわかりました。県庁の職員も市の職員もそうだけど、公務員の人たちがその人たちの中だけでつきあっていても、良い仕事はできないと思います。広くいろんな人たちと付き合っている人にしかわからないことが沢山あると思いますよ。

県職員から市職員へ。

 平成6年くらいに、NPOという言葉が出てきた頃、イギリスのボランタリーセクターを視察に行ったり、会合を頻繁にしたりしてました。国際交流協会に関連したり、市民フォーラム21ボランタリーネイバーズの理事もやりながら地区の役員をやってもいました。
 こんなことをしながら定年を迎える直前に、市長が、犬山のボランティアの基盤づくりをやってくれないか、と。
 最初、市の助役にって言われた時、私は県庁では本流の人間じゃないよって言ったんだ。でも、行政マンたる行政マンは必要ないんだ、ボランティア・NPo活動を犬山に根付かせて欲しいんだ、と言われて受けたんですよ。
 長年、県でマイペースに仕事をしてきたつもりだけれど、結構認めてもらっていたんです。外郭団体に天下ることもできたけれど、自分だけの世界で終わってしまいたくないなぁとも思っていましたからね。
  県から市の行政に移ってみて実感したのは、市町村は住民との密着度が高いということ。言ってみれば、市町村行政は吹きだまり。もう後がないところで決断し行動していかなければいけない。ここは大違いでしたね。そして市の事業全体から見ると、NPOやボランティアの分野は、たくさんの課題のなかの片隅のひとつに過ぎないこと。市の仕事が分かるのに1年かかりましたよ(笑)。

――そして、平成11年の10月から14年の3月まで助役さんを勤められました。

市民活動支援拠点が
できるまで。

 11年の7月から、「犬山市民活動支援に関する研究会」(市が主催、専門委員で川島さん)で、市民と一緒になって、どのような支援をすべきかをまとめました。
 そこでは主に、市民により運営管理でき、24時間利用可能な「全体支援型拠点=センター」を設けること、地域の拠点の利用・活用を進めるための「地域支援型拠点」を設けること、提案公募型の助成システムやまちづくり市民バンクなどの「共通支援プログラム」による資金・情報の提供等の必要性について提案されました。
 その後、行政として「市民活動支援策」を具体化するためのプロジェクトチームを作り、「基金制度(ファンド、地域通化制度)」「総合拠点(センター)」「情報の受発信」「助成制度」等について、今まで関わってきた市民のなかから、公募で10人くらい入って、行政と共働で、具体的に色づけするかたちで検討を重ねました。
 普通、市が出す助成金は、できたての団体には支援しないもの。でも、できたてのに支援しようよ!っていう条例案をつくったんです。それでシンポジウムもやった。で、この条例案が「犬山市民活動の支援に関する条例」として、13年3月に議会で成立しました。

市民活動センターの会
=しみんていの会
の基盤づくり。

 条例の成立とともに、体調のこともあり、市役所を辞めさせてもらいました。制度をつくるためのお役はもう終わったから、次は活動でしょ?ということで(笑)。
 平成13年9月に、犬山市が買い取った民家を当座の拠点施設にしようということになり、今まで関わってきた人たちで、この拠点を運営していくためにどういうふうにしていこうかっていうことを話し合いました。
 この頃は、管理の人はいたけど、みんなボランティアでした。事務局長さんもボランティア。でも自分の活動もあってこれに関わっているんだから、とても負担のかかることだし、これは結局続かないと思いました。だから、事務局専任のスタッフとして、事務局長とコーディネーターが月半分ずつ、勤務できる体制をつくりました。

まちの駅としての
機能を
拡充していきたい

 売るものは扱ってないけど、うちでやっていることはまちの駅そのもの。 市民の活動支援センターは、市からするとまちづくりの拠点施設。トイレや休憩機能も最初から発想の中に入っていること。だから、ぴったり!まあいいじゃないか、と。
 まちづくりに関わる人たちのネットワークはあるけど、例えば商品を通じた日常的なネットワークをつくっていくのは、なかなか難しい。だから、ここが本店なら周辺のお店を支店のようにたくさんネットワークさせたいと思っています。うちが責任もってまとめるから、チラシを置いたり案内したり、自由にやってください!ということをやっていきたいと思っています。
  それから、NPO、ボランティア活動の拠点であり、サポートセンターだという施設はこの近辺(周囲20kmくらい)ではうちくらいしかないんです。犬山市内に留まらず、周辺のまちからも関わるグループが増えていけば、われわれの住みよい環境ができていく・・・これに人生をかけよう!と思っています。自分も元気にいられるし・・・市の助役よりもはるかにいい。今は腰は痛くないし、顔色もいいしね(笑)。

ふれあうことは
常に何かを
与えあい、
成長していくこと

 「しみんてい」っていうサポートする機能に参加することに、どういうメリットがあるかわかりにくいというのは正直、参加している団体の方から言われることです。
 でも、何でもいいから発言して欲しいし、言わないと良くならないと思っています。さらに、共働していろんな団体グループと連携しながらやっていかなきゃとも思っています。自分にないものを教えられたり、反省させられたり、知恵をもらったり・・・。
 ここに来る人に、「あんた、行政職が抜けきってない」なんて言われることも・・・行政マン40年近くやってますからね、物の言い方が命令調だよ、なんてね(笑)。
 とにかく、いろんな人たちと、企画段階・プロセスから関わっていくことで、ネットワークの大切さをわかってもらいたいと思っています。それが活動の輪が広がるきっかけになるんです。
 環境とか国際交流とか、今まではその分野の中だけでされていた活動や交流を広げていくことで、いいものができていくなぁというのが実感としてあります。・・・そのためには、登録だけでもいいから、参加する人を増やして行きたいですね。

これからのNPO、
これからの犬山を考える

 しみんていは、登録している団体なら24時間使用可能。他にも犬山には、私が来てから24時間使える施設が5つに増えました。
  楽田ふれあいセンター(生涯学習センター、南部地域の拠点センター)、小弓の庄(大正時代の建物を復元した施設)、城下町の中の「余遊亭」(まちづくり拠点施設)、「どんでん館」のまちづくりの拠点施設と、この5つ。・・・地域の人たちが運営管理しているからこそできること。 施設を管理するというだけでなく、まちづくりのいろんな仕掛けをしていくための基盤ができてきました。
 楽田では、建設協議会の委員長をやりました。市の教育委員会がつくった平面図が既にあってみせてもらったんだけど、市民の人たちでどういう機能を入れるか、使う人たちで話し合うから・・・って実行委員会をつくって、ワークショップでやって、図面も自分たちでひいて、市民の提案をこの施設に反映させるために、1年かけて話し合いました。 できた施設には、防音施設もあるし、畳の部屋もあるし、子どもがあそぶ部屋もある。手間ひまかけて一緒に話し合いながらつくってきたからこそ、運営もしっかりできているんです。
 だから、しみんていは、いろんな人たちが関わって、人材バンク的な役割を果たしていけたらいいなぁって。 それから、もう少し事業をふくらませて、年に2回は大きな事業をしていきたい。そのためには、若い常駐の職員が欲しいですね。新しい事業の開発のためにも必要だと思うけど、ここで働くことで自分たちの活動の基盤をつくって2〜3年で巣立っていくようなしくみをつくれば、もっと活気あるまちづくりができると思います。
  それからNPO活動には企業も賛同して欲しい。社会貢献というスタンスを持ってやってる企業はまだ少ない。それから企業だけでなく、外部の人たちも入ってきてくれるようなコーディネートをしていきたい。犬山のように古い町並みの残っている地域は、全体の景観を維持していくのも大変。志の豊かな財産家が、古い建物を買ってお店をオープンしてくれているケースもあるけど、そういうのが増えていくと、賑わいが出て来るしね。

管理人から一言
 川島さん、本当にどうもありがとうございました!
 今まで取材させていただいた方のなかで一番ながいインタビューをさせていただきました。ホントはもっといろいろお伝えしたかったんです・・・意外な趣味とか(パチンコ)、利用させてもらっている山をコツコツ整備して子どもたちの遊び場をつくりたいという夢とか、ジャズ好きとか、版画やってたとか・・・!いろいろ活動されてきた実績をここでお伝えするのは、管理人の力ではムリでした・・・。
 ガンコ親父っぽいけど、何か粋な感じのする川島さん。活き活きとまちづくりへの熱い思いを語っていただくうちに「面白いオッサン」だと気づきました(笑)。人生の後輩としても、NPOの端くれとしても、とっても勉強になりました!!
 今後ともよろしくおねがいいたします☆

 


 

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